ファックジャパンです。
ものごっついさわやかな天気であります。
「今日は気持ちええ!」
電車の中でもバスの中でもそう叫びながら目的地まで移動しても、今日ぐらいは許されるのではないかと思ってしまいます。
しかし。
四季を味わい、桜を堪能しつつ、お茶会演劇に励み、お昼ご飯はうどんをすする。
近頃まさにザ・日本人な日々を送っているのであります。
2006年04月03日
2006年04月01日
思い出
ファックです。
四月になりました。
何かに入学したりした方、
おめでとうございます。
四月といえば「珠光の庵」も間もなく再び京都で上演させていただく月であります。
思えば京都誓願寺での初演以来、各地で上演させていただきまして、その土地その土地で様々な出会いをさせていただいております。
ありがたいことであります。
本番中のハプニングもこれまた各土地で様々ありました。
大阪では力みすぎて鼻血を大量に出してしまい、客席から悲鳴をちょうだいしたこともありました。
東京では本番中、結構強い地震が起きたりしてドキドキしました。
学校公演を行なった時、冒頭一分ぐらいのところで思いっきり下ネタを言って生徒さんから
「最悪や…」
「お前ここ高校やぞ」
等のおしかりを客席から本番中にちょうだいしたこともありました。
宇和島で上演した時は、一番若いお客さんでも50代、というこれまでに経験したこともないような客層のお客さんの前で上演させていただきました。
そういった経験も血となり、骨となっておると思います。
期待してお待ちください。
四月になりました。
何かに入学したりした方、
おめでとうございます。
四月といえば「珠光の庵」も間もなく再び京都で上演させていただく月であります。
思えば京都誓願寺での初演以来、各地で上演させていただきまして、その土地その土地で様々な出会いをさせていただいております。
ありがたいことであります。
本番中のハプニングもこれまた各土地で様々ありました。
大阪では力みすぎて鼻血を大量に出してしまい、客席から悲鳴をちょうだいしたこともありました。
東京では本番中、結構強い地震が起きたりしてドキドキしました。
学校公演を行なった時、冒頭一分ぐらいのところで思いっきり下ネタを言って生徒さんから
「最悪や…」
「お前ここ高校やぞ」
等のおしかりを客席から本番中にちょうだいしたこともありました。
宇和島で上演した時は、一番若いお客さんでも50代、というこれまでに経験したこともないような客層のお客さんの前で上演させていただきました。
そういった経験も血となり、骨となっておると思います。
期待してお待ちください。
2006年02月14日
【枚方公演】インタビュー
2006年02月09日
2006年01月26日
2005年09月27日
2005年09月18日
2005年07月15日
2005年07月13日
祇園祭りどころの騒ぎではない
2005年07月11日
2005年07月08日
あつい
ファックです。
思いがけず熱いものを触ってしまった時、例えば沸騰したてのヤカンをそうと知らずにさわってしまった時。
ぼくは、
「うぁああっ…つー」
と思わず口に出してしまいます。
でも本当に思わずなのは「うぁああっ」までで「つー」の部分は「熱い」に着地させようとしたのではないか。
と、最近考えるようになりました。
考えてみれば思いがけずに突然背中に氷を入れられたらどうなるかシミュレーションした処、
「ぅはぁっつ」
と思わず叫んでしまいました。
そしてその後、「ぅはぁっつ」の「つ」の部分をてがかりに、「つめたーい」と叫んだのでした。
やはり、つめたいに着地したがる自分がいたのです。
熱いものを突然さわると口は「あっ」となり、
つめたいものにふれると口は「つ」になるし、
「あつい」や「つめたい」に着地しやすくなるのだなと。
つまり何がいいたいのかというと、
「熱い」という単語が明日から「志村」に変わったとしてもしそれが何百年も定着したら熱いものを突然さわった時に口は自然とやはり着地しやすいように「し」になるのではないかという事です。
すると100年後に人間は熱いものにさわるとまるで大橋巨泉のように「うっしっし」と言うようになるのでしょうか。
大橋巨泉に罪はありませんが、そんな未来には何か希望が持てません。
思いがけず熱いものを触ってしまった時、例えば沸騰したてのヤカンをそうと知らずにさわってしまった時。
ぼくは、
「うぁああっ…つー」
と思わず口に出してしまいます。
でも本当に思わずなのは「うぁああっ」までで「つー」の部分は「熱い」に着地させようとしたのではないか。
と、最近考えるようになりました。
考えてみれば思いがけずに突然背中に氷を入れられたらどうなるかシミュレーションした処、
「ぅはぁっつ」
と思わず叫んでしまいました。
そしてその後、「ぅはぁっつ」の「つ」の部分をてがかりに、「つめたーい」と叫んだのでした。
やはり、つめたいに着地したがる自分がいたのです。
熱いものを突然さわると口は「あっ」となり、
つめたいものにふれると口は「つ」になるし、
「あつい」や「つめたい」に着地しやすくなるのだなと。
つまり何がいいたいのかというと、
「熱い」という単語が明日から「志村」に変わったとしてもしそれが何百年も定着したら熱いものを突然さわった時に口は自然とやはり着地しやすいように「し」になるのではないかという事です。
すると100年後に人間は熱いものにさわるとまるで大橋巨泉のように「うっしっし」と言うようになるのでしょうか。
大橋巨泉に罪はありませんが、そんな未来には何か希望が持てません。
2005年07月07日
ピンチ
ファックです。
とある人が言っていたのですが、
本番中にセリフを忘れてしまった時と、ニシキヘビが首に絡み付き締めつけてきた時にコレは死ぬかもしれないと思った感覚はとても似ていたそうなのであります。
どこが似ていたのかといえば、
おそらくその切羽詰まり度が似ていたのではないでしょうか。
確かにセリフが出てこなくてその日のお芝居がめちゃくちゃになってしまっても命まで取られるわけではなく、
大げさな話しといえば大げさな話しではあります。
けどそうなんです。
その時はやっぱり何か死ぬほど恐ろしいのです。
キューってなります、身体が。
それにしてもニシキヘビに首を締められて死にそうになるなんてそんな人ほんまに、しかもこんな身近におるんやと驚きました。
しかもその人は寝起きで締められたらしいです。
とある人が言っていたのですが、
本番中にセリフを忘れてしまった時と、ニシキヘビが首に絡み付き締めつけてきた時にコレは死ぬかもしれないと思った感覚はとても似ていたそうなのであります。
どこが似ていたのかといえば、
おそらくその切羽詰まり度が似ていたのではないでしょうか。
確かにセリフが出てこなくてその日のお芝居がめちゃくちゃになってしまっても命まで取られるわけではなく、
大げさな話しといえば大げさな話しではあります。
けどそうなんです。
その時はやっぱり何か死ぬほど恐ろしいのです。
キューってなります、身体が。
それにしてもニシキヘビに首を締められて死にそうになるなんてそんな人ほんまに、しかもこんな身近におるんやと驚きました。
しかもその人は寝起きで締められたらしいです。
2005年07月06日
緊張感
今日の京都は晴れておりました。
不安な日々が毎日続いております、ファックです。
お芝居の本番というのは体力はもちろんですがそれ以上に気力の方を使いますので、
芝居が終わった後というのはもうヘトヘトのヘトりです。
無事終わったその晩は多少安堵したりして、でもその日あまり上手くいかなかったりした場面も気になったりして、でもやはりコテンと寝てしまいます。
目が覚めたらもうすぐに何時間後には本番なのか…。
という自分内カウントダウンが始まり、開演時間までに徐々に緊張が高まっていきます。
たまに緊張しない日もあるのですがそういう日には緊張しない自分の身体の緊張の緩みに段々緊張してくるので結局最終的には緊張してしまいます。
開演5分前などはもう緊張のピークであります。
特に初日なんてもう大変です。
目も眩みます。
キャパの広い男になりたい。
ドッシリと構えていたい。
そんな願いもむなしく、ぼくは今年の夏は毎日のようにドキドキするのでしょう。
チクショー。
不安な日々が毎日続いております、ファックです。
お芝居の本番というのは体力はもちろんですがそれ以上に気力の方を使いますので、
芝居が終わった後というのはもうヘトヘトのヘトりです。
無事終わったその晩は多少安堵したりして、でもその日あまり上手くいかなかったりした場面も気になったりして、でもやはりコテンと寝てしまいます。
目が覚めたらもうすぐに何時間後には本番なのか…。
という自分内カウントダウンが始まり、開演時間までに徐々に緊張が高まっていきます。
たまに緊張しない日もあるのですがそういう日には緊張しない自分の身体の緊張の緩みに段々緊張してくるので結局最終的には緊張してしまいます。
開演5分前などはもう緊張のピークであります。
特に初日なんてもう大変です。
目も眩みます。
キャパの広い男になりたい。
ドッシリと構えていたい。
そんな願いもむなしく、ぼくは今年の夏は毎日のようにドキドキするのでしょう。
チクショー。
2005年07月05日
七夕
ファックです。
もうすぐ七夕です。
驚くべき事にまったくドキドキしません。
小学生の時はあんなに楽しみにしていたのに…。
でも何がそんなに楽しかったのか
やはり。
願い事はかなう、かもしれない。
ものなんだと。
思ってドキドキしていたのかもしれません。
という事は今ドキドキしないのは…。
いや。
というか恋人同士の2人が1年に1回出会える日。
というのが。
それがどないしてん!
と、思ってしま…。
いや。
何か。
ひがみっぽい事かいてる!
これではだめです。
少なくとも今からぼくは七夕に向けて盛り上がろう。
そうしよう。
と、思いました。
頑張れヒコボシ。
そしてオリヒメ。
ああ、でも漢字もわかりません。
いやいや。
漢字がなんや。
と強い意志で思う事にします。
漢字がなんや。
らいしゅういよいよしこくにじょうりくです。
よろしくおねがいします
漢字がなんや。
と、今日だけ思わして下さい。
すいません。
2005年07月02日
カサ事情
ファックです。
毎日、雨ばっかり降っております。
でもずっと降り続くというわけでもなく、一時的なものなのでついカサをわすれて置いてきてしまいがちな今日この頃。
気を付けなければなりません。
ぼくはただでさえカサをなくしてしまいやすいのです。
同じカサを半年以上持っていた事がありません。
雨が降るかもしれないと思い用心してカサを持って出掛けたら案の定電車に乗っている間に雨が降ってきました。
大雨です。
カサを持ってきていて良かった。
と思っていたのに電車にカサを忘れてきてしまうような男なんです、ぼくは。
その時はあまりにもカサを買うのが悔しくて情けなくてずぶ濡れになりました。
あの時は本当に悔しかったです。
2005年07月01日
7月
ファックです。
7月でございます。
暑いです。
弁当もさっぱりさを意識して作るようになった今日この頃。
やはり食べるべきはスイカなのではないでしょうか。
スイカ。
今26歳なのですがぼくにはまだ叶わぬ、しかし叶えてしまうのは何となく惜しいような気もする夢、
スイカを半円の状態で食べる。
というのがあります。
三日月じゃない、半円なんだと。
お皿いらずでスイカと対峙したいんだと。
こう願っておるのです。
2人でスイカ1玉をはんぶんこして食べる。食べ終わったらまた皮だけくっつけてまた元の丸の状態に戻して何となくニンマリする。
これはもう贅沢の極みであります。
もはや社長…いや会長クラスの家庭でしかありえないでしょう。
と、考えているだけで興奮してしまいました。
暑さのせいでしょうか。
7月でございます。
暑いです。
弁当もさっぱりさを意識して作るようになった今日この頃。
やはり食べるべきはスイカなのではないでしょうか。
スイカ。
今26歳なのですがぼくにはまだ叶わぬ、しかし叶えてしまうのは何となく惜しいような気もする夢、
スイカを半円の状態で食べる。
というのがあります。
三日月じゃない、半円なんだと。
お皿いらずでスイカと対峙したいんだと。
こう願っておるのです。
2人でスイカ1玉をはんぶんこして食べる。食べ終わったらまた皮だけくっつけてまた元の丸の状態に戻して何となくニンマリする。
これはもう贅沢の極みであります。
もはや社長…いや会長クラスの家庭でしかありえないでしょう。
と、考えているだけで興奮してしまいました。
暑さのせいでしょうか。
2005年06月30日
歌
ファックです。
ぼくは阿久悠さんが好きです。
阿久悠さん作詞の曲はそれこそもう山のようにありますが、
中でもぼくのお気に入りは、
今話題のショーケンの「お前に惚れた」
鈴木ヒロミツがボーカルのモップス「朝まで待てない」
西田敏行最大のヒット曲「もしもピアノが弾けたなら」
の3曲です。
3曲とも湿ってて甘くて最高です。
「もしもピアノが弾けたなら」
なんて最高です。
「もしピアノ弾けたらこの想いをピアノ弾きながら君に歌って伝えねんけどなー、けどピアノ無いしなー。ていうかあってもオレそもそもそんなにピアノ弾かれへんっちゅうねん。ああ、空回りしてるわオレ」
という内容の歌です。
西田敏行がこれを切なく歌い上げるのですが、
聞いているとまずピアノの練習をしたらどうか。
と、つい思ってしまいます。
そう、この3曲の阿久悠さんの詩に出て来るのは決して甘い言葉などではなく、あまい男なのです。
それをメロディアスに苦しそうに切々と歌いあげられると、それでも色々な感情がわいてきたりするから歌は不思議です。
お芝居の本番前にかたくならないようにぼくは歌ったりして身体をほぐすほうなのですが、この3曲はそんな時に歌うといい塩梅に心地よくなれるのでよく歌います。
おそらく四国でもぼくは本番前にこの3曲のいずれかを歌う事だろうと思うのです。
ぼくは阿久悠さんが好きです。
阿久悠さん作詞の曲はそれこそもう山のようにありますが、
中でもぼくのお気に入りは、
今話題のショーケンの「お前に惚れた」
鈴木ヒロミツがボーカルのモップス「朝まで待てない」
西田敏行最大のヒット曲「もしもピアノが弾けたなら」
の3曲です。
3曲とも湿ってて甘くて最高です。
「もしもピアノが弾けたなら」
なんて最高です。
「もしピアノ弾けたらこの想いをピアノ弾きながら君に歌って伝えねんけどなー、けどピアノ無いしなー。ていうかあってもオレそもそもそんなにピアノ弾かれへんっちゅうねん。ああ、空回りしてるわオレ」
という内容の歌です。
西田敏行がこれを切なく歌い上げるのですが、
聞いているとまずピアノの練習をしたらどうか。
と、つい思ってしまいます。
そう、この3曲の阿久悠さんの詩に出て来るのは決して甘い言葉などではなく、あまい男なのです。
それをメロディアスに苦しそうに切々と歌いあげられると、それでも色々な感情がわいてきたりするから歌は不思議です。
お芝居の本番前にかたくならないようにぼくは歌ったりして身体をほぐすほうなのですが、この3曲はそんな時に歌うといい塩梅に心地よくなれるのでよく歌います。
おそらく四国でもぼくは本番前にこの3曲のいずれかを歌う事だろうと思うのです。



